斜陽



 昔は昔、はるか戦国の時。斉の国の威王宣王二代は、学問こそが国を繁栄させるとして、都に区画を設け、天下から学者たちを招聘した。異例の厚遇ぶりに多くの知識人がそこに集い、これによって学問は大いに花開いた。
 その学者たちが集まった区画が稷―――あるいは稷門の側であったことから、これを「稷下の学」と言い、またそこで議論を交わす学士達を「稷下の士」と言った。諸子百家はすべてこの稷下から生まれた。

 そのうちの一つで、後に魯国において杏の木の元で弁を振るったことから「杏壇」との異称も取る学団、儒学。
 孔子の始めた思想は、いまや国教であり、中華の内外ともに広く影響を及ぼす教えとなっている。




 その誇り高き孔家の末裔で、孔子より数えて二十世の孫という孔融が、己の出自と身の分に生まれながらの矜持を持つのも無理はない話で。
 儒家よりは、どちらかというと儒家を批判した墨家の思考に近い曹操と衝突することもまた、無理ない話ではあった。
 いや、そもそも一人間として生理的に合わないのかもしれない。
 自分は曹操の配下ではなく漢の臣下であり、帝の下では曹操とは対等であるという頑迷な意識と、孔子の子孫という自負があるせいか、孔融は曹操に対して苦言を呈すことも憚らない。それどころか、嫌味さえ言ったりもする。正論である場合がなくもないが、大抵は屁理屈じみた当てつけである。
 それは曹操がそもそも宦官の孫という、卑賤といえば卑賤の出であることも関係していたし、また傍から見て彼が帝を蔑ろにし、奸賊の汚名を負うような行いをしていることも、原因していた。
 伝統ある漢王室が、卑俗な出の男に蹂躙されている。漢臣として、名門儒家として、許しがたいという義憤にでも駆られているのだろうか。
 そんな四角四面(ガチガチ)の儒家ならば、いっそ劉備にでもつけばいいものを、なお許都に留まっているのは、あくまで忠臣として帝の傍にいるためか。
 孔融の高慢な物言いにも、曹操は大抵の場合苦笑して、耳半分に聞き流しているが、心底では煩わしく思っていることだろう。いくら曹操といえど、儒家の総本家である孔融に下手に手出しはできない。孔融の振る舞いも、それを見越してのことなのだろうが―――

 身の程を知らぬ自信はいつか身を滅ぼす。

 今はまだすべてが比較的順風で、曹操の機嫌も悪くないからいいものの、今日も今日とて朝議で厭味とも皮肉ともつかぬ意見を陳べる孔融に、周りの臣下たちは「いい加減やめときゃいいのに……」と内心でため息をこぼす。いつか曹操の堪忍袋の緒が切れるのではないかと冷や冷やしていた。
 孔融を庇い立てする気はないが、万が一にもそんな事態になれば、相手が相手なだけに、大きな社会問題となりかねない。それを危惧しているのだ。
 しかし一部では、曹操に不満を持つ者たちが、奸賊に堂々と意見する孔融を英雄視して、影ながら支持しているのも事実だった。

「宦官の家は所詮宦官よ。祖父と同じく去して、袖の下の金勘定でもしながら、大人しく後宮にでも仕えているのが分相応というもの」

 そんな陰口は日常茶飯事だ。




 回廊の角でうっかり聞こえてしまった会話に、郭嘉は立ち止まったまま思わずため息をついてしまった。
 権力者に中傷はつきものだから、いちいち取り沙汰していてはきりがない。それだけ曹操の執政と改革があまりに急で斬新なものということであり、解せるだけの見識を持った人間が少ないのだ。だから、理解できる者だけが理解を示せばいいと郭嘉は思っている。

「行かれぬのか」

 佇んで動かぬ郭嘉を怪訝に思ったのか、後から来た司馬懿が問い掛けた。
 曹操の言いつけで、二人とも皇宮書庫に向かっている途中である。
 今回とある地方から中央に上がってきた案件に関して、適当な裁可を下すための地方の情報資料が入用なのであり、この次曹丕が視察に行くこともあって、やはり地理状況を知る必要のある司馬懿がついてきていたのだった。

 黙したまま親指だけで郭嘉が指し示せば、会話が聞こえたのだろう、司馬懿も秀眉を微かに顰めた。

「荀令君も物好きなものですな。自ら品格を貶めるような行いをわざわざなさることもないでしょうに。名門荀家の名が泣いておりましょう」
「ええ、全く……」

 いくつか声に聞き覚えのある。郭嘉はやれやれとばかりに肩を竦め、踵を返した。
 それにならって司馬懿も来た道を戻りながら、いくらか離れたところでようやく口を開いた。

「良いのか、あのままで」

 司馬懿は遠くの角を振り返る。あのまま反抗心のある者を放置していていいのか、と訊いている。
 郭嘉は頭の後ろで手を組みながら、おざなりな調子で、

「いちいち気にしていても仕方がない。殿が儒家受けが悪いのは今に始まったことじゃないし」
「私にはいささか自業自得のようにも思えるが」

 曹操の執政は確かに強引ではある。理解はずっと後からついてくるもので、分かりにくい。
 司馬懿の口調からにじみ出る棘に、郭嘉は軽く苦笑した。

「見えぬ者には見えぬものさ。悪いところばかりが目に付いて、良い変化には気づかない」
「業ですな」

 小さく嘆息して司馬懿は結論づけた。為政者が切れ者であればあるほど、付きまとう因果。
 「そうだな」と郭嘉もぼんやり前を見る。
 で、結局資料はどうされる、と尋ねる司馬懿に郭嘉は、どうせあんなの後でもいいからちょっとサボろうぜ、となぁなぁな調子で手を振った。




 運が悪い日というのはあるもので、面白いくらいに好ましくないことばかりが重なる。
 郭嘉にとってはこの日がそうであったようで、回廊の向こう側から歩いてくる人物に、天を仰ぎたくなった。

(ツイてねぇー……)

 心の中で呟き、自分に対して一つ合掌した。しかも緩んだ身なりから、サボりの帰りであることがバレバレだ。
 とはいえ広い廊下には隠れるところもなく、今更背を向けるのもあからさますぎる。それこそ、次会ったときにどんなことを言われるか分かったものではない。
 仕方ないと諦め、覚悟を決めてその時を待つ。
 せめてもの救いは(無理矢理付き合わせた)司馬懿とすでに別れていたことだ。彼がいたら、今から起こることに対しどんな行動に出るか分からない。
 歩んできた孔融は、対面にいるのが郭嘉と知ると、相好を崩した。
 孔融の笑みは、一見好々爺風に見えて、内実腹が読めぬものと知っている郭嘉には、不気味に写った。

「これは郭軍祭酒」
「孔少府殿、ご機嫌麗しく」

 慇懃無礼に拱手で挨拶する孔融に、郭嘉も拱手で返し頭を下げる。
 孔融の官職は帝室の財政を司る少府で、位は三品である。五品の郭嘉にしてみれば相手の方が身分が上であり、儒礼の世界では原則上位の者が声をかけぬ限り下位の者から話しかけることは礼に失する。
 本来、郭嘉はあればそのあたりの仕来たりはさほど気にしない性質だ。というより、曹操の側に仕えている主要な官吏はほとんど誰も気にしていない。だから平気で上司の荀彧にも声をかけるし、逆に司馬懿や陳羣など自分より官品が低い者から声をかけられることも許していた。
 孔融の挨拶には、いかにもそのあたりの礼をひしひしと匂わせる色があった。

「このようなところでお会いしますとは。はて、軍祭酒はまだ室で執務についておられると思っておりましたが、いやはや私の呆けでしたかな。年はとりたくないものです」

 サボっていたことに対し、厭味ったらしく述べる。
 狸め、と心中で毒づきながら、郭嘉はにこやかに笑んだままよどみなく返答した。

「いえ、少々気分が優れませんでしたので、しばらく休息を頂いておりました」
「これは失礼。貴殿の性質と私生活は有名な話でしたな。若いというのは実によい」

 言の葉裏に潜む棘は容赦ない。しかし郭嘉はただ「恐れ入ります」と頭を下げるだけだった。

「日夜遊び歩き、時間通りに出仕せず、おまけに仕事をせずとも何のお咎めもなしとは、さすがは曹操殿お気に入りの軍師殿。羨ましい限りです」
「……」

 孔融は、仕官したての時から郭嘉のことが気に入らぬ節があった。
 士大夫の家柄とはいえ時分よりはるかに下級の出にも関わらず異例な出世に加え、自分より新参で年若く、なおかつ自分より下位ながら自分よりもずっと曹操に重用されているのが面白くないのだろう。そもそも清流派や儒家を小ばかにするような郭嘉の不羈な態度が気に障るのかもしれない。顔を合わせればこうしてネチネチ厭味で痛ぶる。
 己の不名誉よりも面倒事のほうを嫌う郭嘉は、ただ粛々と黙って聞いていた。
 やがて気が済んだのか、それとも何を言っても暖簾に腕押しの郭嘉に飽きたのか、孔融は息をひとつきした。

「まあよい。せいぜい曹操殿に媚入ることですな。ただし自分の仕事は全うされよ。怠惰な者にのさばられては周りが迷惑極まりない」

 毒はあるものの、これまでの中では至極真っ当な小言だ。
 話し終わりの気配を嗅ぎ取って、郭嘉は再び袖を合わせた。

「ご忠告、肝に銘じましょう。孔少府殿もどうぞご自愛を」

 ふと孔融の眼差しに蔑みの色が宿る。

「これは心外な。貴殿から我が健康を案じられるとは、この孔文挙も落ちぶれたもの」

 ああそれとも、と唇の端を嘲るように吊り上げた。

「貴殿がそこまで臥せがちなのは、昼だけでなく夜も奉仕しているためですかな?」
「……仰る意味が分かりかねますが」

 あえて低く、無感動な声音で郭嘉は瞼を伏せる。来たか、と嘆息する。正直この手の雑言はうんざりで、あまり聞きたくは無いのだが。
 しかしそんなこと慮ってくれるくれるような相手ではない。格好の話題を手放すはずがなかった。
 どこか下卑た笑みを湛え、何故か小声で囁く。

「何、隠されることはない。郭軍祭酒が龍陽の寵というのは専らの評判ですからな。曹操殿もなかなかの好き者でいらっしゃる。貴殿もご苦労なことです」
「失礼ながら、孔少府殿は何か誤解されておられるようですな」
「またまたお惚けを。いかがですか、するのではなくされる方というのは。私は知りませぬが、男というのはそれほどまでに具合のいいものなのですかね」

 郭嘉は怒るのでもなく笑うのでもなく、じっと正面の男に視線を注いだ。
 どの時代においても、たしかに権力者が同性を性の捌け口にしたり、あるいは配下と肉体的な関係を持つことのは珍しいことではない。そして自分がそういう目で見られる可能性があることも承知していた。しかしそれが事実無根であることもよく知っている。

「何ですその目は。何か仰りたいことでもおありか」

 目障りな、と孔融はあからさまに眉を顰めた。物言わず、ただ真っ直ぐ見つめてくる郭嘉の目に、何かを見たのか。癇に障ったように、声を荒げた。

「曹操の小姓風情が、この私に意見するとでもいうか!」

「下賤な!!」

 突如、孔融以上に強く響いた第三者の一喝が、二人をぎょっとさせた。
 郭嘉の後方に、いつの間に現れたのか、陳羣が仁王立ちで立っている。肩を怒りに震わせ、両瞳はいつになく激昂し、孔融を真っ直ぐ射抜いていた。

「長文?」
「陳治書侍御史……」
「今のは全く聞き捨てなりませぬぞ孔融殿!」

 呆気にとられている郭嘉を素通りし、陳羣は顔を真っ赤にしてツカツカと孔融に詰め寄った。

「何ぞ根拠があっての言か! 軍師祭酒がこれまで国に尽くしてきた忠心功労は疑いのないもの。それを―――根も葉もない低俗な噂と下世話な憶測で、人の尊厳を踏み躙ることが、貴公の誇る孔子二十世の儒の教えですか!!」
「陳公子」

 孔融の声は、それまでの自信に溢れたものに比べると滑稽なほど間が抜けていた。

「父が懇意にしていた貴公が、よもやそのような方だったとは、失望いたしました!」

 孔融は陳羣の父陳紀と親交があり、かつて幼い陳羣を見ていずれ並ならぬ人物となると評し、その才を祝ったことがある。
 これによって陳羣は有名になったこともあり、自身も孔融と交友していた。だから周りで孔融の倣岸さがどれだけ悪態づかれていようと、決して自分は便乗することはなかった。
 それなのに、と陳羣は眦を吊り上げる。たった今耳にしたことは、彼の腸を奥底からこれ以上もなく煮え滾らせていた。目の前が真っ白になるとはまさにこのことだ。こんなに本気でぶち切れたのは久々かもしれない。
 友人の子の激しい一面に晒されて、孔融はしばらく二の句を告げずにいるようだった。

「おい、長文」

 郭嘉が慌てて陳羣の肩を掴んだことで、孔融はようやく我に返ったように目を瞬かせ、気まずそうに顔を歪ませた。

―――
「長文、もういい」

 宥める郭嘉の声で、陳羣も腹が収まらぬまま、歯を噛み締めて留まった。

「少府殿、お引止めして申し訳ない」
「……ふん」

 倣岸に鼻を鳴らし、孔融は目を眇めた。平素の落ち着きが戻ってきたようだ。

「最近の若い者は目上に対する礼に欠ける。よもや目付け役をも懐に取り込むとは、さすがですな」
「な―――モガッ」

 郭嘉は陳羣の口を手で塞ぎ、へらっと笑い返した。

「興ざめだの」

 面白くなさそうにまた一つ鼻を鳴らして、二人に一瞥も向けず、通り過ぎようとする。

「孔融殿」

 郭嘉はその背に呼びかけた。

「貴方が窮地に追い込みたいのは、殿ですか。それとも―――貴方自身ですか」

 懸命に手を退かそうともがいていた陳羣は、その問いにピタリと止まる。
 肩越しに少し振り向いた孔融は、微かに笑みを浮かべた。
 それはあの好々爺然としたものではない。もっと昏い。
 嘲笑するように、自らを嗤うように。
 どこか凄愴な、歪な光を宿した微笑。退廃的な闇の中に、微かな寂寥を垣間見る。

「……」

 結局何も答えぬまま、孔融は歩み去る。
 それを二人して眺めながら、陳羣はポツリと恨みがましく言った。

「何で大人しく黙っているんですか」
「んー、いろいろ面倒だから」
「面倒って……普段は要らんくらいに口が回るくせに」
「いてて、どつくなよ。要らんくらいにっていうのは余計だ。ていうかお前いつからいたの?」
「大分前からいましたよ」

 郭嘉が孔融に捉まっているのを見て、陳羣は柱の影に隠れていたのだ。

「立ち聞きかよ」
「サボり魔の誰かさんのことですから、多少灸を据えられるのもいい気味かと思いましてね」

 しかし『龍陽の寵』あたりで堪えきれなくなったらしい。陳羣は手に持っていた冊書をぎりぎりと握り締める。

「くそあのヤロウ、一発くらい殴っておくんだった」

 チッと盛大に舌打ちした陳羣に、郭嘉は恐ろしいものを見るような目を向けた。

「お前、さすがにそれはまずいって……」
「貴方はあんなこと言われて悔しくないんですか」
「仕方ないだろう。若くて見目もそこそこ良く、才能がありどれだけ傍若無人品行不良に振舞っても許され、建言はほぼ受け入れられるお気に入りとくればそういう噂が立つのも無理はない。どれだけ否定したところで火に油を注ぐだけで意味はないさ」
「自分で言ってて恥ずかしくないですか」
「だって事実だし。でも」

 郭嘉は破顔した。

「代わりに長文が怒ってくれて、ちょっと嬉しかった」
「当たり前でしょう。目の前で自分の友人が謂われない中傷を受けていて黙っていられますか」

 忌々しげに吐き捨てた陳羣に、郭嘉は瞠目し、照れたように頬を掻いた。

「いやぁ、俺って愛されてるなぁ」
「何を寝言抜かしているんですか。奉孝殿こそ、誇りはどうした誇りは」

 陳羣は本気で憤慨しているらしい。怒り冷めやらぬ体で手を振り上げる。
 郭嘉は苦笑しながら、ふと目線をあげて

「別にいいんだよ、あれで」
「はぁ?」

 怪訝に顔を顰める陳羣に答えず、郭嘉はただ眩しげに瞳を細めた。
 見栄と意地を張り続け、周囲を威勢で塗り固めることばかりに卓越しすぎて、心意を伝える術を失った、不器用な男。
 しかし彼自身の中にも何か、譲ることのできない強い意志があるようだった。
 それが何なのか、それを孔融自身がどんな形で実現させるのか、郭嘉には量れない。
 けれど、彼は口で言うほど、存外自分の主君を嫌ってはいないのではないかと、なんとなく思った。
 遠く去る小さな背に、斜陽が注いでいる。
 それは彼と、彼が背負うものの行く末を、暗示するかのように。




 角を曲がったところに、一人の若い高位官吏が壁に背を預け立っていた。
 孔融は一瞬ぎょっとしたが、無視して過ぎようとした。
 すれ違いざまに、ふと彼は口を開いた。

「口は災いの元、と申しますな」
「……若造が。口の利き方を覚えよ」
「さて。貴公に礼を説かれるとは光栄というべきか心外というべきか」

 特段面白くもなさそうな口調で淡々と述べる官吏を、孔融は睨みつけた。

「司馬文学掾。何用か」
「独り言に立ち止まったのは貴公ですよ」
「屁理屈を」
「屁理屈は貴公の得意芸でしたな、孔少府殿。しかし曹操殿も甘いものだ。もし私ならば―――卵も産めず、肉にもならず、ただけたたましく耳障りなだけの老鶏など、さっさと縊り殺してしまうものを」

 そう凄愴な微笑を刷いた司馬懿に、孔融は目を見開く。
 背に冷たいものが落ち、ごくりと唾を飲む。

「そういえば、貴公は先ほど『名門荀家の名が泣いている』と仰っていたが」

 ふと見せた表情を消し去り、元の無愛想な面で、司馬懿は壁から背を離した。
 一拍だけ、老少府に真正面から冷たい目を合わせる。

「その言葉、今の貴公にそのままお返しする」

 そう言い残し、司馬懿は孔融の目前を迂回し、角の向こうへと去っていった。
 孔融は、しばらくその場で立ち尽くしていた。




 建安13(208)年、孔融、字文挙は、ついに曹操の激怒に触れ、一族共々捕縛された後、処刑された。聖人孔子の子孫を殺したことは、世間での曹操の評判を落とし、後々まで非難されることとなる。
 果たして彼は、孔子の子孫であることに高をくくり、好き放題した挙句、身を滅ぼしてしまったのか、それとも曹操の怒りを買い、自らを殺させることで、曹操の名声を貶めようとしたのか。
 前者であれば読みが外れて自分を窮地に追い込んだことになり、もし後者であれば読みどおり曹操を窮地に追い込んだことになる。
 駆け引きは、どっちの勝利であったのか。
 あるいは、漢王室に、儒教に―――自分の拠って立つものに、もはや昇らぬ斜陽を見たのか。
 それを知るのは、当人だけである。




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