「周中護軍殿」

 回廊を歩いてきたところで、周瑜は呼び止められた。孫策や他の謀臣達と今後のことを詰めた、その帰りであった。
 振り返ってみると、庭を挟んだ対面にある貴賓室から許都の使者が顔を覗かせていた。柱廊側に開いた窓に行儀悪く凭れかかり、頬杖をついてニコニコとこちらを見ている。
 勅使が来てから一週間。周瑜は挨拶伺いで貴賓室を日参しつつ、つかず離れずの距離を保ちながら、郭嘉の為人を探る日々を送っている。

「勅使殿。何か御用ですか?」

 周瑜は極力無表情で素っ気なく応える。今日の伺候は済んでいる。必要以上に関わり合いになりたくはなかった。
 そんな周瑜の態度もどこ吹く風で、郭嘉は笑んだ形の口を開く。

「街へ出たいんだが、いいか」
「城下へ?」

 周瑜の切れ長の瞳が当惑気に眇められる。何を言っているのだこの人は。
 郭嘉はやはり笑顔で周瑜を見つめている。どこか試すような、からかうような、そんな眼だ。

「そう、呉の街を見てみたい。『主上』への報告のためにな」

 「主上」か。
 周瑜は心中で皮肉気に呟いた。どうせ曹操のためであろうに。
 あからさまな大義名分にそう言ってやりたかったが、視線を冷たくするに留める。
 白眼視に気づいているだろうに、本人は全く気に止めた素振りがなく、なおも言う。

「本当はこっそり抜け出すつもりだったんだけど、さすがにそんな勝手は許されないと思ってな。外出する時は中護軍殿に声をかける約束だろう?」

 飄々と言ってのける郭嘉に、周瑜は当惑する。

「確かにそうは言いましたが……」

 あんなものはただの形式的な釘差しだ。普通は己の立場を弁え外出は控えるものだろうに。

「それじゃあ案内願うよ」
「ご冗談を。東呉には未だ孫家に仇なそうとする輩も少なくない。万一貴方の身に何かあれば都に申し訳が立ちません」
「そこを何とか」

 郭嘉は両手を合わせ拝み込んだ。

「公然と見物するんじゃなく、身分を伏せて行けば大丈夫だって」
「なおさら許可できません。御自身の身分をよく顧みて下さい。何かあって曹公に言いがかりをつけられるのは御免蒙ります」

 かなり歯に衣を着せず直言した。敬礼は不要だと言ったのは郭嘉だ。言われた当人もそこは気にした風なく、ううむと腕を組んで唸った。

「しようがない」

 諦めてくれたかと周瑜が安心した矢先、

「かくなる上は奥の手の虎の子」

 言うや、郭嘉は袖のうちからくるりと巻かれた立派な装丁の帛書を取り出し、徐に周瑜の面前に広げ見せた。

「控えおろう、これは勅命なるぞ―――ってな」

 子どものように唇を上げる。
 周瑜は絶句してそれを見た。帛書には確かに、「勅」の字から始まり、繊細流麗な筆致で「朕、使いをして呉城の市街の様子をつぶさに見聞報告させんと欲す。呉城に従事する者達はすべからく勅使の任務完遂を助け、最大限の便宜を供与すべし」といった旨が記されており、最後に帝の証たる玉璽が押されていた。このような綸旨も、下達の仕方も、未だかつて前例がない。しかし勅命は勅命だ。答えは是か是しかない。否やを唱えようものなら問答無用で大罪に処せられる。郭嘉は周瑜が断ることも見越してこれを用意していたのだろう。どれだけ用意周到なのだ。

「なあに、ヤバイところには近づかないから安心しろ。では思い立ったが吉日、善は急げだ」

 周瑜の是と言う返事を聞かずに、郭嘉は室内に戻るといそいそと支度をはじめたのだった。
 完全に郭嘉の調子に乗せられ、気力を失った周瑜がそこにいた。




 お忍びで頼むとせがまれ、騒がしい城下街に出て向かったところといえば、なんと酒楼だった。

「わざわざこんなところに案内させるために来たんですか」

 勅命まで持ちだされて渋々従った周瑜は、冷たく言った。秀麗な面が珍しく顰められている。
 呆れた。本当にこの男はかの高名な曹操の参謀なのだろうか。
 目の前に座る郭嘉は、陽気なさまで杯にがんがん酒を注ぎ、ぐいぐい呷っている。

「まあまあ、そんな固いこといわず。一杯どうだ?」

 独特の笑みで周瑜に柄杓を掲げてみせる。

「遠慮しておきます」

 周瑜は疲れたように嘆息した。全くどうかしてる。このようなまだ日が高い時分から酒を呷るとは。
 そういえば噂によると、この郭嘉という男、司空府でもたびたび仕事を放っぱらかしては城下に繰り出し、酒に女に賭博と絵に描いた享楽に身を投じていると聞く。あまりの品行の悪さが問題になり、それこそたびたび朝議の場で弾劾されているとか何とか。
 なるほど、と周瑜は息を吐いた。これで頭が切れるのだから、奇人変人好きの曹操の重用ぶりが知れるというものだ。
 今時分、店の中はまばらに人がいるだけだ。彼ら二人は店の奥の隅に坐している。なるべく人に顔を見られたくなかった。このようなところ、万一知り合いにでも目撃されれば、気まずいどころの話ではない。
 気が気ではない周瑜を尻目に、郭嘉はいつの間に親しくなったのか、側にいる者達と言葉を交わしていた。苦々しい思いで顔を上げた周瑜は、その相手が先ほど初めて顔を合わせたばかりの店の者や別の卓の客であることに気づき、僅かに瞠目する。
 郭嘉には妙に人を惹きつける空気がある。馴れ馴れしいようでいて踏み込みすぎない言動や、人好きする笑顔で、心の垣根をするりと越えてしまう。それと悟って周瑜の警戒心はより深まる。為人が全くつかめない。曖昧でふわふわとしていて一定に定まらない。
 不思議な男だ―――
 郭嘉がふと顔を上げる。眼が合った。にこりと笑みかけられる。周瑜は意味もなく、気まずい思いで目を伏せた。

「中護軍殿。眉間に皺」
「え?」

 己の眉間を指し示す郭嘉に、周瑜が目を開け、思わず訊き返す。

「真面目もいいが、あんまり頑迷でも疲れてしまうぞ」

 口元に拳を当てて含み笑いながら、解せぬという表情を浮かべる周瑜に郭嘉は言った。

「四角四面に考えすぎるなってこと。今はただ酒を楽しく酌み交わそうじゃないか」
「酌み交わすと言っても、まだ昼ですよ」
「だぁかぁら、そこがお堅いっていうんだよ。道義を遵守することも大切だが、たまの息抜きだって同じくらい大切だ。孔子も『過ぎたるは及ばざるが如し』って言ってるだろ。あんまり肩肘張ってばかりいると、要らぬものまで溜め込んで気鬱になるぞ」

 どきりとした。それは周瑜にとって、大層心当たりのあることだったから。

「……そんなに気を張っているつもりはありませんが」
「そうか? 少なくともあの城の中では窮屈そうに見えたけどな」

 自酌をしながらあっさり言う郭嘉に、周瑜はギクリとした。

「中護軍殿を見てるとさ、ある二人思い出すんだよな」
「ある二人?」
「一人はいつも穏やかで物腰が柔らかくって、誰からも尊敬されて、まさしく清廉って言葉が服着て歩いてるみたいな奴だ。ついでに仕事ができて頭も滅法いいときている。もう一人ってのは、これがまた煩い奴なんだが、何事にも潔癖でがっちがち、一本気曲げないって気性」

 郭嘉は顔を上げ、杯を掲げた。

「あんたの性は、丁度その二人を足して割ったようだなーと思って」

 「おっと気を悪くしないでくれよ。知らぬ者を形容するには、まず知っている者を例に置き換えるしかなくてな」と屈託なく付け加える。

「それは……もしや荀文若殿のことですか?」
 
 思いついた名を言ってみた。

「当たり。片方はな。でも見たところ、あんたはどうやら文若殿みたくバッサリ割り切ることも、あるいはもう一人―――陳長文ていうんだが―――みたく素直に発散することもできない性質みたいだな」
「……」

 周瑜は何も答えず黙り込んだ。

「それが悪いって言いたいわけじゃないよ。人それぞれだからな。文若殿は時々冷酷すぎてどうかと思うし、長文は大概人に向かって発散するもんだから俺が大変迷惑。ただ中護軍殿は、溜め込んだものを昇華させるには、ちと思い切りが足りんように思っただけ」
「だからこの酒を呑め、と?」
「時には羽目を外すことも必要だってこと」

 にっこりと郭嘉は言う。なんとなく巧いように言いくるめられている気がしないでもない。しかしその笑顔につられ、周瑜はそっと杯に口をつけた。それは後ろめたいことをしているような禁忌感と、常の戒めを破る冒険感が綯い交ぜになった、何とも言えぬ味わいだった。
 すっかり仕事をすっぽかしてしまったな、と周瑜は思ったが、先ほどの郭嘉の台詞がよみがえり、たまにはいいか、と腹を括った。
 目の前にいる男は曲がりなりにも自分達と敵対する勢力の者である。警戒心も依然解けてはいない。だが今、その男の調子に乗せられている自分がいる。そのことに抵抗を感じないではなかったが、しかし不快ではなかった。
 そうして時が過ぎ、酒代を払って店を出る頃にはあたりはすっかり暗くなっていた。

「うぅ、頭が重い……」
「呑みすぎです。あれだけ止めたのに」
「中護軍殿がウワバミすぎなんだよ。あんだけ呑んだのに涼しい顔して、ありえない」

 頭を抑えながら郭嘉が唸る。何故か途中から飲み比べになり、二人はそれこそ店中の酒を呑み干すのではないかという勢いで杯を重ねていたが、ついに郭嘉が根を上げたのだった。郭嘉とて酒には強い方だ。しかしさすがにある程度量がいけば、自我を失いはしないまでも翌日までひどい頭痛と頭重感を持ち越す。それでも足取りはしっかりしたものだから、他人のことは言えない。

「あーあ、これじゃ折角の呉城見学もおじゃんだ」

 陽が落ちて暗くなった道を郭嘉が虚しげに見つめやる。

「自業自得でしょう」

 周瑜は嘆息交じりに返した。全く何度思ったかしれないが、こうしていれば本当にかの曹操の懐刀とは到底思えない。

「いいよ。今度また中護軍殿に案内してもらうし」
「また付き合わされるのですか」
「当然。何せこちらには虎の子がいるからな」

 城への道を帰りながらそんな軽口めいた言葉を交わす。認めるのは癪だが、郭嘉との会話は自然と弾む。馴染みの同僚とも違う。思考回路が近いというのか、十を言わずとも一のみで伝わる郭嘉の察しの良さと見識の広さは、周瑜にとって非常に話しやすかった。

「城に戻る前に、どこかでまず酔いを落とさないと―――

 周瑜が言いかけた時だった。
 複数の気配が、闇に紛れて現れる。ハッとして、周瑜は警戒した。

「おやおや、いい着物着てるなぁ」
「こんな時間にいいとこの公子(ボン)が迂闊に出歩くもんじゃないぜ」
(ママ)が心配するぜぇ」

 下卑た笑い声が暗い路に響く。
 まずい。地元の与太者か。
 周瑜は心中で舌打ちをする。男の言ではないが、まさしく迂闊だった。普段ならば己の素性を明かし、中護軍位の印綬なり周家の紋の入った飾りでもひとつ見せれば、こういった輩は簡単に追い払える。周瑜と、彼が仕える孫策の力は、今や甚大な影響力となって江東の一帯に睨みをきかせている。これが下手な金持ちや有名無実の高官ならば、身分を明かすことはむしろ逆効果になるが、周瑜には有効な手だった。
 しかし郭嘉がいる手前、立場上それはできなかった。後日、今日のことが知れれば、少々厄介なことになる。
 幸い剣は佩いて来ているが、郭嘉を連れた状態では満足にも戦えない。
 即座に判断を下して郭嘉のほうを見て、先に逃げろと言いかけた時、

「逃げるぞ!」

 急に腕を掴まれ、物凄い勢いで引っ張られた。

「なっ」

 周瑜は言葉にならない。引かれるまま、思わず走り出す。

「おい、逃がすな!!」
「追え!!」
「走れ!!」

 男たちに負けぬ声で闇の中郭嘉が叫ぶ。
 意外にも司空府の文官の足は速かった。だが不案内な地理だけはどうにもならない。闇雲に走るうちに行き止まりに突き当たった。

「こっちです!」

 周瑜はつかまれていた腕を逆に掴み返し、方向転換をする。ここでは地元の人間の方に地の利がある。迷路のように入り組んだ道を曲がり、なんとか府城の近くまで行こうとする。城の付近までくれば近衛の兵がいるから、いざとなれば声を上げればすぐに助けに来る―――状況が状況な分、あまり使いたくない手だが。

「あっちへ行ったぞ!」
「回り込め!!」

 しかし相手の方が一枚上手だったのか、なかなか府城に近づけさせてもらえない。どんどん西の方へと逸れて行き、なんとか一つの路地裏まで来てから、ふたりは立ち止まった。
 ゼイハアと肩で息をする。ちらりと郭嘉の方を見れば、同じように苦しげに喘ぎながらも、月明かりに浮かぶ顔は真っ青でどこか具合が悪そうだ。酒を大分呑んでいたから、酔いが回ってしまったのだろうか。

「なぜ……」

 切れ切れに呟く。それだけで郭嘉には周瑜の言いたいことが分かったようだ。息を整えながら、

「あれだけの人数、多勢に無勢だろう。中護軍殿がどれだけ剣を使えるか知らないが、酒もかなり入っているし視界も悪い。俺が側にいてはおちおち名も明かせぬだろう。闘うよりも逃げる方が上策だと思ったのさ」

 周瑜は言葉に詰まる。確かにそれは正しい判断であった。たとえ状況が悪くとも、恐らく周瑜一人ならば切り抜けることができた―――だが許都の勅使である郭嘉がいる以上は、絶対に怪我をさせてはならない。誰かを庇いながらでの闘いは、ああいった手のものには通用しない。
 だからといってあのまま郭嘉を一人逃したとしても、道に詳しくない上に夜では、すぐに捕まってしまっただろう。彼の行動はそのあたりをよく理解しての判断だった。

「悪い。俺が足手まといだな」
「仕方ありません。こうなればなるようになれですよ」
「お、なかなか吹っ切れたようじゃないか」
「ええ、全くあなたのおかげでね」

 周瑜の皮肉も、郭嘉はそりゃよかったと笑って流した。そこへ、

「いたぞ!!」
「こっちだ!!」

 道の向こうから人影がこちらを指差していた。

「チッ、見つかったか」
「こちらへ!」

 周瑜が新たな退路を切り開こうとして反対側の道にある角を曲がる。ところがそこは行き止まりだった。

「しまった」

 穏やかな美貌をしかめ、引き返そうとすれば時は既に遅し。

「随分手を焼いてくれたじゃねぇか」
「袋の鼠だなぁ、あぁ?」

 じりじりとごろつきたちが寄って来る。しかし背後は壁だ。どうする、と歯を噛み締めたのは一瞬。すぐに迷わず剣を抜いた。こうなれば後は手がない、攻撃は最大の防御だ。それに壁を背にしていれば、少なくとも背後を取られることはない。
 諸刃を手にする周瑜の気迫に、男たちは一瞬退いたようだった。

「こいつ、いっちょまえに剣なんか持ちやがって」
「おいおい、慣れないモン振り回したら怪我するぜ」

 周瑜は鼓動に反し、己の心がすうと冷めるのを感じた。剣など幼い頃から握り慣れている。

「痛い目にあわせてや……!?」

 ひとりが隙を見せた瞬間、周瑜は斬りかかっていた。といっても殺すつもりは無い。剣の腹、あるいは致命傷にならない程度で男達を薙倒していく。

「てめぇ!」
「くそ!」

 ごろつきたちは周瑜の剣がただの飾りではないことに気付き、それではと先ほどから具合悪そうに喘いでいる方へと攻撃の手を変えた。

「!」

 そうはさせじと周瑜の剣が翻るが、ひとりを捕らえ損ねる。そのひとりが、郭嘉へと得物を振りかざした。
 やめろ、と叫びかける。

「く、……」

 すると、郭嘉は男の刃を紙一重のところで瞬間的に一歩後退いて躱してみせた。
 周瑜が目を見開いて見ていると、しかしそのまま地面へ手をつき、突如激しく咳き込みだす。

「か―――

 異変に気付き、思わず名を呼ぼうとする。しかし直前で飲み込む。名を呼ぶのはまずい。許都からの使者の名がどこから漏れているとも限らない。
 地に膝をつく相手に容赦なく二の太刀を浴びせようとする男へ体当たりをし、そのまま襲い来るごろつきに剣を振る。そうして何振りかした頃には、ごろつきは悉く地に伸びていた。
 息を大きく吸い、乱れた呼吸を整えながら、慌ててうずくまり未だ咳の止まぬ郭嘉の許へと駆け寄る。

「郭嘉殿! どうしたのですか!」
「大丈夫……すぐに止まるから」
「それが大丈夫なように見えますか! 苦しいのですか? いま城へ」
「……悪い」
「謝る必要はありません。帰ったらたっぷり小言を言わせてもらいますので。立てますか?」

 周瑜は郭嘉に肩をかしながら、立ち上がらせた。苦しそうな呼吸を繰り返す郭嘉を気遣いつつ、城へ向けて歩き出す。

「一体どうしたというのですか」
「ふ、ふ……いつもの発作さ」

 そう、どこか皮肉気に笑う。

「発作?」
「聞いてないか? 『曹操軍の天才軍師郭奉孝は生来病弱』だって」

 そういえばそんな情報を聞いた気がする、と周瑜は頭の片隅で思い返す。

「生まれつきでな。走ったのに加えて、さっき剣を避けるのに無理して息を詰めたから」
「……それにしてはさっきの動きは、とても素人のものとは思えませんでしたが。腰の物は飾りではないのかと安心しかけましたよ」

 言いながらちらりと郭嘉の腰に下がっている簡素な鞘を一瞥する。城で佩いているところは見なかったが、今回の外出中ずっと下げているので気にはなっていた。てっきり用心のためと威嚇用かと思っていたが。

「こんな身体なもんだからさ、ガキの頃から体鍛えるために護身術だとか何だとか一通り習わされたんだよ。ま、見ての通り長続きはしないから、結局付け焼刃で終わったけどな」

 本人はそう言うが、あの一瞬の身のこなしはなかなか大したものだった。慌てて避けたものとは違う、確実に紙一重を狙った動き。次の手を制するには敵の攻撃をぎりぎりまで引きつけてから躱すのが定石だ。迫りくる凶器の恐怖との戦いでもある。あれは素人がやろうと思ってやれるものではない。
 本来武官である周瑜とは違い、いかにも文弱そうな郭嘉は戦力という面では難があるかと思っていたが、なかなか人は見かけによらぬものである。文官とは筆より重いものを持たない弱々しい存在、というのが武官たちの持つ一種の偏見であったが、無意識の内に自分もそう思っていたのか。蒲柳の質でなければ、郭嘉は周瑜のように文武両道の将となっていたかもしれない。

「惜しいですね。今も続けていたのならば手合わせを願ったのに」
「そりゃ残念だったな」

 くっくと喉を鳴らしながら郭嘉は笑った。




 こうして無事城に辿りついた途端昏倒した勅使は、その後五日にわたって熱を出し寝込み続けた。




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