しとしとと降る水滴を、周瑜は窓から物憂げに眺める。
ぼんやり過ごす日々を、忙中に与えられた休息だと思うことにして自らを誤魔化してきたが、何もすることがないというのがこんなにも苦痛だとは知らなかった。人によっては責務から解放されて羽根を伸ばせると喜ぶのだろう。しかし周瑜にはとてもそんな気分になれなかった。ゆるりと色や空気を移ろう空を眺めてもののあはれなどと呟く余裕などなく、むしろ刻々と無為に過ぎていく時が惜しくてならない。これなら府で忙殺されるほうがずっとましだ。城内の情報は絶えず姪琳が届けてくれているが、だからといって何かできるわけではない。自分が内から少しずつ腐っていくような気がした。
そんな周瑜を、妻の晶は静かに見守っている。家から一歩も出ず府に出仕する気配のない夫に疑問がないはずはないのだが、あえて事情を訊くことはせずそっとしている。聡い彼女は、心中ではひどく気遣いながらも周瑜が一番望むものを悟っていた。それが周瑜にはありがたくもあった。
こうなってから改めて、自分のいるべき場所が、主と定めた親友の傍なのだと痛感する。雨滴の幕の向こう、見えるはずのない城を望む。府でも、陣中でも
―――あの空気の中にあって初めて、自分は活きる。生きがいが、あそこにある。
けれども、どれだけ周瑜が切望しようと、許しなくして登城することは叶わない。
はぁ、と何度目ともつかないため息が漏れた。
「夫君」
不意に、晶の声が控えめにかかった。美しい容姿が、室の入り口から覗く。
「どうした?」
心持ち躊躇いがちな色を乗せた白面を見て、周瑜は穏やかに問う。晶には心配をかけてばかりだから、せめて会話くらいはいつも通りに振舞おうと努める。
そんな空元気に意識がいかないくらい、晶は別事に気を取られているようだった。普段鮮やかなまでの潔さにしては珍しく、歯切れが悪い。
「表にご来客が……その、
流離れの講釈師だとか」
「講釈師?」
周瑜は怪訝そうに首を傾けた。
「何でも、夫君に是非とも話劇に準えて各地のお話を献じたく、お目通り叶いたいと仰っていますの」
「各地の話、か……」
小さく呟いて、ゆるやかに首を振った。
「悪いが、今はそんな気分にはなれぬ。お引取り願ってもらってくれるか」
「それが……」
晶は視線を滑らせた。目元に長い睫の影が落ちる。
「片方のお方が、どうにも夫君のご配下の呂子明様のようにお見受けされてならないのです」
「子明が?」
まさかそんな。周瑜は笑い飛ばそうとした。
晶が顔を上げる。衣を揺らし、袖の内から何かを取り出した。
「これを夫君にお見せすれば、きっと入れてくれるだろう、と」
そう言って周瑜の目先に広げたのは、薄い紫の布。
見間違えようはずもない。それは周瑜自身が、城から出たあの日に毳の首に菓子を包んで巻いた、布。
「……!」
それを手にするなり、瞠目する晶の横をすり抜け、足早に表戸へ向かう。
階を降り、傘もささずに門まで走って行けば、扉外で雨宿りするように門屋根の下に佇む二つの後ろ姿があった。
農作業用の笠を目深に被り、粗末で地味な色の長袍をまとって、その風体は確かに一見怪しげな行理風だ。
しかし周瑜は、その背だけで、彼らの正体を確信する。
「子明! それに……奉孝!?」
「お」
「あ」
思わず漏れた声に、二人が振り返る。
笠の下から、楽しげに輝く一対の眸と、反対に困り果てたように揺れる一対の眸が覗いた。
「何をやってるんですか」
「何って、ヒキコモリで退屈してるだろう周家の主人に、講話を献じにさ」
答えて、郭嘉が唇に指を当てる。悪戯気に光るまなざしで、周瑜はハッとした。
―――そうだ。どこに人の目があるか、分からない。
「入れてもらえるかな。江東とはいえ冬の雨は冷たくてね」
雨に打たれながら、郭嘉が微笑を湛えて小首を傾げる。隣で呂蒙がクシャミをして、取り繕うようにへへ、と笑った。
「
―――どうぞ、お入り下さい」
周瑜は、驚きと呆れともつかぬ曖昧な表情で、珍客を誘った。